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労働災害リスクとその対応

更新日:
2024
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1 労働災害と労働保険について

労働災害とは、業務が原因で労働者が負傷したり病気になることを言いますが、労働保険には労働者の業務災害や通勤災害などによる疾病や障害などに対して保険給付を行う労働者災害補償保険(以下「労災保険」)と雇用の継続が困難になった被保険者(労働者)に対して保険給付を行うことを目的とする雇用保険が含まれます。また、労災保険は労働者に対する補償の公平性を保つため一人でも労働者を雇用する事業主は加入が義務付けられ、保険料は全額事業主が負担する必要があるため、殆どの事業所で毎年6月1日から7月10日までの間に年度更新の手続きを行うことになります。尚、年度更新とは1年間の保険料を計算して、毎年6月1日から7月10日の間に保険料算定のために行う手続きのことを言います。

今回は、労災保険の給付対象となる労働災害について解説をさせて頂きますが、近年は労働者の高齢化による労災の増加や、パワハラやセクハラに伴う精神疾患等が増加しており、会社側に安全配慮義務違反等の過失がある場合は、巨額の賠償請求を受ける可能性もあるため注意が必要です。

労働保険は労災保険と雇用保険の総称です

出典:厚生労働省ホームページ 埼玉労働局 労働保険制度について

https://jsite.mhlw.go.jp/saitama-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/roudou_hoken/seido.html

2 災害補償責任と労災保険

労働基準法第8章には「使用者の災害補償責任」が定められており、労働災害については、企業側が労働者に災害補償をしなければなりません。しかし、企業側が労働者に対して支払う災害補償は、経営状況によって支給できない可能性があるため、労災保険法は企業側による災害補償の実施を確実にするために、労働基準法による企業の個別責任を代行する役割があります。そのため、労災保険の給付内容は労働基準法の第8章をカバーする内容となっており、労働基準法第84条には、「労働基準法で規定している災害補償について、労災保険法に基づいた給付が行われるときは、使用者は災害補償責任を免れる」と定められています。尚、労災保険の補償内容としては、治療費関連の療養補償給付、休業中に支給される休業補償給付や傷病補償年金、後遺障害が残った時に支給される障害補償給付や介護状態となった場合の介護補償給付、死亡時に支給される遺族補償給付や葬祭料等があります。

しかし、事業所によって労災リスクは異なるため、保険料負担の公平性の確保と、労働災害防止努力の一層の促進を目的として、労災保険率または労災保険料額を一定の範囲内(基本:±40%)で増減させるメリット制が設けられており、保険給付が多い事業所は保険料が高くなる可能性があります。

使用者の災害補償責任と労災保険給付の関係

出典:厚生労働省ホームページ 福井労働局 使用者の災害補償責任と労災保険給付の関係

https://jsite.mhlw.go.jp/fukui-roudoukyoku/hourei_seido_tetsuzuki/rousai_hoken/hourei_seido/hosyousekinin.html

3 労働災害による影響について

労働災害が発生すると、企業は様々な法的責任や社会的責任を負う事なります。法的責任には刑事責任、民事責任、行政責任等があり、刑事責任を問われるケースとしては、労働安全衛生法違反や業務上過失致死傷がありますが、それぞれ労働基準監督署や警察の調査に基づいて、懲役や禁固刑や罰金等が科せられる可能性があります。

民事責任は大きく3つに分けられますが、1つ目が労働基準法に基づく災害補償責任であり、2つ目が故意・過失に基づく不法行為責任や安全配慮義務違反等の債務不履行による民事上の損害賠償責任、最後の3つ目は上乗せ労災規程や退職金規程等の社内規程に基づく労働契約責任になります。そして、行政責任としては、労働基準監督署の調査に基づく、作業停止命令や設備等の使用停止命令、是正勧告等が考えられます。また、それ以外にも取引先や関与先からの取引停止や指名停止、風評被害による売上減少、従業員の勤労意欲の減退や設備等の破損等による生産性の低下や財産損失リスクが生じる可能性があります。また、優秀な人材を労災で失うと、同様の人材の採用・育成が困難となり、致命的な影響を受ける可能性もあります。これらの影響の大きさから、労災事故はとにかく起こさない事が求められますが、労災事故をゼロにすることは出来ないため、巨額の賠償請求などに備えた財務対策も検討が必要です。

4 リスクコントロール対策

労働災害のリスクコントロール対策は大きく労働安全衛生関係法令の順守と自主的な安全衛生活動に分けられますが、労働安全衛生関係法令で事業者に義務づけられている措置としては、危険な状況が想定される場合の危険防止措置、従業員に対して定期健康診断等を実施する健康管理の措置、安全衛生推進者や衛生推進者、作業主任者の選任、従業員の意見を聴取する等の安全衛生管理体制の整備、従業員を雇い入れた場合の安全衛生教育の実施等があります。自主的な安全衛生活動としては、作業中にヒヤリとした、ハッとしたが幸い災害にならなかった事例を報告・提案して災害の発生前に対策を打つヒヤリ・ハット活動や、作業前に現場や作業に潜む危険要因や発生する可能性のある災害を共有し、作業者の危険に対する意識を高めて災害を防止する危険予知活動(KY活動)、職場の安全パトロール員や安全ミーティングの進行役を、当番制で全従業員に担当させて従業員の安全意識を高める安全当番制度などがあります。その他に、安全提案制度、4S(整理、整頓、清潔、清掃)活動、職場安全ミーティング等がありますが、事業場の実態に即して、ふさわしい活動に取り組むことが重要です。

労災事故の発生に伴うリスク

参考:厚生労働省 労働災害防止のために(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署)

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/anzen/dl/110222-1_001.pdf

5 リスクファイナンシング対策

近年の傾向として、労災にあった労働者が会社を安全配慮義務違反等で訴えるケースが増加していることから、政府労災とは別に民事上の賠償責任をカバーする使用者賠償責任保険の必要性が高まっています。また、福利厚生規程に基づいて発生する費用をカバーするために上乗せ労災保険や傷害保険、医療保険や生命保険を活用するケースもありますが、それらは自社のルールにより生じるリスクですので、死亡や後遺障害等の大きな費用となるもの以外は基本的に財務力の中で保有することが多いと考えられます。

一方で、健康経営に取り組む企業や人材不足に備える企業においては、治療と勤務を両立させるための福利厚生制度の重要度が非常に増しており、業務上外に関係なく、自宅療養でも補償され、長期に渡る所得が補償されるGLTD(長期障害所得補償保険)を活用した福利厚生制度を整える事で、心身の不調を抱える社員の自己申告を促し、早期の対応を行うことで、優秀な人材の採用や確保を行っています。

労災保険給付の概要

出典:厚生労働省 労災保険給付の概要 P.11

https://www.mhlw.go.jp/new-info/kobetu/roudou/gyousei/rousai/040325-12.html

以上(2023年7月更新)

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画像:photo-ac