書いてあること
- 主な読者:経理部門のBCP(事業継続計画)を策定・定着したい経営者
- 課題:万一の際、経理業務が中断すると、企業活動の継続がままならなくなる
- 解決策:リスクシナリオを想定して対策を講じる。また、当面の運転資金を確保する
1 経理部門におけるBCP策定の必要性
企業において「カネ」を管理する経理部門は、決算業務(決算書・申告書の作成など)の他、現金の管理・出納業務、各種伝票の起票や請求書の発行など多岐にわたります。これにより、人間の血液のように企業にカネが循環し、事業活動をスムーズにしています。もし、災害などによって経理の機能がストップしたら、事業活動に大きな影響を及ぼすことになるので、
経理部門に特化したBCP
の策定が必要になってきます。
災害のみならず、さまざまなリスクを想定し、どのような事態が起こるのかを把握していかなければなりません。
2 経理の機能がストップした場合のリスクシナリオ
経理業務を中断せざるを得なくなるリスクには、地震・津波などの広域災害、火災、新型コロナウイルスなどの感染症、情報システムの故障などがあります。これが顕在化した場合、オフィスや工場などの閉鎖、情報システムの使用不能、社員の勤務(出社・リモート)が不可能になるなどの被害が出る恐れがあります。
その際のリスクシナリオは次の通りです。
最悪のシナリオは、
です。BCP策定の際は、このような最悪の状況も想定しなければなりません。
3 当面の運転資金はいくら必要か?
緊急時は、事業継続に不可欠な経営資源が不足しているだけでなく、急激かつ大幅に収益が落ち込む恐れがあります。そのため、当面の運転資金やオフィス・機械の修理に必要な復旧資金の確保が重要な課題となります。同時に取引先や、社員に対する給料の支払いも重要です。
そのような状況において、
ことが想定されます。これらの見積もりは、経営者層がBCPを実行するに当たっての判断材料として、資金繰りや復旧スケジュールの決定などに大きな影響を与えるでしょう。
なお、決算や税務申告については、東日本大震災や新型コロナ感染症の感染拡大時などのケースにもあるように、一定期間の猶予が認められると想定されます。
4 支払いの遅延を防ぐための考え方
1)オフィスや工場などの閉鎖
オフィスや工場などが使用不能となった場合の対策は、
です。また、本社と支社が分かれている場合、被災した本社または支社の業務を、一時的に他の場所に移すことも検討しましょう。
2)情報システムが使用不能
情報システムが使用不能となった場合の対策は、
です。そうすることで、経理機能を他の支店などに移す場合もスムーズになります。また、インターネットバンキングを利用していれば、移動先でも資金決済などができます。
3)社員の勤務(出社・リモート)が不可能
社員が出社することも、リモート勤務することもできなくなった場合は問題です。一般的に経理業務は専門性が高く、また内部統制の観点から、担当者間の職務分掌(責任と権限の所在が分かるよう業務を整理・配分していること)が徹底されています。そのため、同じ経理部門でも担当外の業務を代行するのは難しいのです。それに、決済の権限がないために業務が進められないことも想定されます。
このようなケースを想定した対策は、
です。
5 被害額の算出、運転・復旧資金の見積もり
1)他部門間との連携方法を決めておく
緊急時に、被害額の算出、運転・復旧資金の見積もりなどの特別業務を行うためには、誰が、どの業務を、どのように進めるかを、事前に決めておく必要があります。被害状況の情報収集先となる部門とも事前に連携方法を決めてきましょう。
2)必要資金の見積もり
緊急時に、運転・復旧に十分な資金を確保することは簡単ではなく、事前の準備が重要です。万一の場合に備え、事前に緊急時の財務状況(復旧費用総額、キャッシュフローなど)を見積もり、それに基づいて必要な資金を確保しておくことが理想です。
中小企業庁が「中小企業BCP策定運用指針」で、財務診断モデルを紹介しているので参考になります。
■中小企業庁「中小企業BCP策定運用指針」財務診断モデル■
https://www.chusho.meti.go.jp/bcp/contents/bcpgl_download.html#excel
3)緊急時の資金調達方法
追加の資金が必要になったら、政府系金融機関、民間金融機関などの貸し付けを検討します。
なお、災害発生時には政府系金融機関や国、地方自治体などが特別な融資制度を設ける場合も多いので、情報収集や活用の検討を行いましょう。加えて、復旧資金については、事前にオフィスや機械の損害保険、共済などに加入しておくことも有効です。
緊急時は、経理の責任者が経営者の代わりに資金繰りなどを任されることもあるでしょう。そうした場合に備え、経理の責任者は、日ごろから経営者と緊急時の財務管理について認識を共有しておく必要があります。
6 BCPを策定・定着させる
検討した対策をBCPとしてまとめます。その際、「全社共通」「リスク別」「部門・チーム別」などのようにレベル分けすると管理しやすくなります。さらに、BCPの発動基準や発動時の態勢、関係者の連絡手段なども明らかにします。
また、BCPは策定しただけでは十分に機能しないので、定期的な訓練や勉強会を行って組織全体にBCPを浸透させましょう。同時に、BCPの有効性も定期的にチェックし、必要に応じて内容の見直しを行うことが大事です。
7 経理部門におけるBCPの策定チェックリスト
1)ヒト
- 災害が勤務時間外に起こった場合も、社員と連絡が取れるか?
- 経理の責任者や実務担当者が勤務できない場合のルールは明確か?
- 緊急時における業務の優先順位は明確か?
- 緊急時における業務の役割分担はできているか?
- 被害額の算出など、緊急時特有の業務について担当者は理解しているか?
2)モノ
- オフィスの設備に転倒防止などの措置が施されているか?
- オフィス周辺のハザードマップは把握しているか?
- オフィス以外の場所(クラウドを含む)に情報のバックアップを保管しているか?
- 情報伝達の手段、ルールは明確か?
- 情報システムが停止した場合の代替案は決まっているか?
3)カネ
- 事業が中断された際の、期間ごとの損失を想定しているか?
- 1~2カ月分程度の運転資金に相当するキャッシュフローを確保しているか?
- 損害保険で十分にリスクの移転ができているか?
- 災害復旧を目的とした融資制度を把握しているか?
- 緊急時の仕入れ先への代金、社員への給与の支払い方法を決めているか?